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東京高等裁判所 昭和55年(ネ)225号 判決

控訴人 株式会社正光社

右代表者代表取締役 中沢三代次

右訴訟代理人弁護士 橋本順

根岸攻

斉藤康之

早乙女芳司

被控訴人 株式会社東京都民銀行

右代表者代表取締役 陶山繁弘

右訴訟代理人弁護士 菅谷瑞人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二五〇万円及びこれに対する昭和五三年五月一二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において「被控訴人としては、執行裁判所の陳述命令を受けた際、債務者大富鋼鉄株式会社に対する反対債権を有しこれをもって本件仮差押債権と相殺することを予定していたのであるから、その旨を陳述すべきであったのに、あえて、本件仮差押債権の支払いをなす意思がある旨の陳述書を提出したのであるから、これをもって当該相殺権を放棄したものというべきであり、仮にこれを相殺権の放棄といえないとしても、右陳述により、控訴人が将来債権の満足が得られるものと信じるのは、当然であるから、被控訴人は、信義衡平の原則上、以後仮差押債権に対する相殺を主張することが許されないものというべきである。また、仮に被控訴人において前記陳述命令を受けた際は相殺する意思がなかったとしても、少くとも反対債権の存在は陳述すべきであったし、さらに、僅か五か月間程度の取引をしたにすぎない債務者会社が仮差押を受ける事態に立ち至ったのであるから、被控訴人としては、陳述書提出の段階において、債務者会社に対する信用を調査し、反対債権をもって本件仮差押債権と相殺すべきか否かの態度を決定したうえで、その旨の陳述をすべきであったのに、これをしなかったことは、民訴法六〇九条二項にいう「陳述ヲ怠リタルトキ」に該当し、これによって生じた損害を賠償すべき義務がある。」と述べ、被控訴代理人において「控訴人の前記主張はすべて争う。」と述べたほかは、原判決摘示事実と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所も、控訴人の請求はいずれもこれを棄却すべきものと判断するものであって、その理由は、左のとおり付加するほか、原判決の説示理由と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)  第三債務者が民訴法六〇九条の規定に基づいて提出すべき陳述書は執行裁判所に対してなされるものであるから、被控訴人が控訴人の申し立てた陳述命令に対して第三債務者として控訴人主張のごとき趣旨の陳述書を提出したことをもって債務者大富鋼鉄株式会社に対する相殺権放棄の意思表示と解することは許されない。また、この場合、第三債務者の有する反対債権がすでに相殺適状にあったとしても、相殺を行うかどうか、ないしは、いついかなる段階においてこれを行うかは、いつに、相殺権者たる第三債務者の自由意思に委かされているところであるから、爾後第三債務者の行なう相殺をもって当然に衡平の原則上許されないものとはなし得ず、かかる相殺も、ことさら債権者に損害を与えることを目的として行なわれた等特段の事情の認められない限り、適法たるを失わないものというべきところ、本件において右特段の事情の存在については、控訴人の主張・立証しないところである。それ故、控訴人の相殺の効力否定に関する前記主張は、採用に由ないこと明らかである。

(二)  また、第三債務者が反対債権を有する場合においても、陳述書提出の段階において相殺の意思を有しないときは、反対債権の存在を陳述する義務のないこと明らかである。さらに、控訴人主張のごとき事情があるということだけで、直ちに、陳述書提出の段階において被控訴人に相殺するか否かの態度を決定すべき義務があるものと即断することは許されず、却って、《証拠省略》によると、債務者会社は昭和五二年一一月三〇日一、二〇〇万円余の手形の決済ができなかったとはいえ、それまでの間営業は普段と変りなく行われていたことが認められるので、陳述書の提出された同年一一月一八日の段階において、被控訴人に対し債務者会社の倒産を予想して相殺意思の決定を要求することは、許されないものというべきである。それ故、控訴人の陳述懈怠に関する前記主張もまた排斥を免かれない。

よって、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 蕪山厳 安國種彦)

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